Vol. 1

バッハ/無伴奏チェロ組曲(演奏ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ)

初めまして。私はガンコでヘンクツ、そしてテキトー。心身ともに古典的な人間です。これから気楽な名曲ガイドをめざして、クラシック音楽の魅力をご紹介していきたいと思います。それも、ごく私的な好みのままにですが、おつきあいください。

 

クラシック音楽というと敷居が高いと感じる方もいるかもしれませんが、けっしてそんなことはありません。私も30歳を過ぎてから、ある日いきなりハマってしまった人間ですが、聴けば聴くほど素晴らしい世界です。

 

30年近く前の晩秋のことです。紅葉に染まる八甲田山中を走る車の中でカーステレオから流れてきたオペラのアリアに、私はとつぜん神の啓示に触れたかのような感覚を覚え、後部座席に深々と沈み込みました。涙を落としそうになりました。全身の毛穴から美しい音が沁み入ってきたのです。そしてそこから、いきなりクラシック音楽の世界にのめり込んでいったのです。

 

それからは、来る日も来る日も日中スピーカーの前に座り、ウィスキーグラスを片手にそのままソファーの上で寝入るような生活をつづけました。CDを年間300枚ほど買って、音楽を全身で浴びるような聴き方をしました。朝から晩まで、クラシック漬けの日々をおくるようになったのです。

こんなに素晴らしいものを知らずに自分は30過ぎまで生きてきたのだ、ということを私は激しく後悔しました。モーツァルトはビートルズであり、ベートーヴェンはコルトレーンであり、ブラームスはイーグルスで、マーラーはツェッペリンでした。

 

ということで、きっかけは簡単です。素晴らしい音楽に、素直な気持ちで全身をゆだねるだけでいいのです。私は、その水先案内人をすこしだけさせていただきます。

 

さて、栄えある第1回は、バッハです。バッハは、私がもっとも好きな作曲家です。いまもバッハを聴かない日はない、といっていいほどです。クラシック音楽を聴きはじめた頃は、バッハって何を聴いても同じだと感じていたのですが、そのうち毎日のように聴いている自分がいました。バッハは川の流れや海辺の波のように、日々同じなようで、こちらのこころの有り様で日々ちがって聴こえる音の宇宙なのです。


この「無伴奏チェロ組曲」は1720年頃作曲されたとされていますが、当時のチェロは発展途上の楽器で、この難曲を弾きこなせるひとはほとんどおりませんでした。そして、忘れ去られたのです。ところが1889年、この曲の楽譜をバルセロナの古本屋で偶然発見したのが、20世紀最高のチェリストであるパブロ・カザルスでした。カザルスはその曲に秘められている奥深さに衝撃を受け、自らの演奏によって、バッハの偉大な業績を世に知らしめたのです。そして、その音楽はチェロ曲の聖書と言われるようになったのです。

 

死ぬときに聴きたい曲は何かと問われたら、私は迷うことなく、このバッハの無伴奏チェロ組曲と答えます。

 

2011.2.25