Vol. 2

バッハ/フランス組曲(演奏アンジェラ・ヒューイット)

今回も、バッハです。フランス組曲というよく知られているピアノソナタですが、私は、ずっとグレン・グールドの演奏で聴いていました。満足していました。

しかし、5年ほど前でしょうか。敬愛する音楽評論家の吉田秀和さんが年末の新聞に、「今年聴いたCDで、もっとも気にいったのはこれです」と紹介していたのが、このアンジェラ・ヒューイットの演奏です。私はその記事を読み、すぐさまそのCDを手に入れました。そして聴いてみて、吉田秀和さんの言うことはまちがっていなかったと深く納得しました。

 

グールドのバッハは、ほぼすべてのCDを私は持っています。どれも、グールドならではの、バッハはこうであらねばならぬという規約から解き放たれた自由なバッハです。だから、素晴らしい。しかし、考えようによっては、それは“グールドのバッハ”なのです。バッハの横に、いつもグールドが立っているのです。

しかし、ヒューイットのバッハはもちろんヒューイットのバッハなのだけれど、“バッハのバッハ”なのです。つまり、必要以上に演奏者の個性が前面にでていない。ただただ、バッハの描いた清澄なバッハの宇宙がそこにあります。そして、地球という星にヒューイットがひとり静かにたたずんでいるのです。

だから同じフランス組曲のCDでも、グールドのジャケット写真は(彼の他のCDもすべてだが)彼のポートレイトです。しかしヒューイットのCDは、彼女は美人なのに、中世ドイツの美しい風景画です(これがまた素晴らしい!)。

 

グレン・グールドとアンジェラ・ヒューイット、偶然なのかふたりともカナダ人です。グールドは、真夏でもオーバーを着こみ、手袋をして散歩するという奇行で知られた天才ピアニストです。彼が何よりも愛したのは、松尾芭蕉の俳句。そしてアンジェラ・ヒューイットは、コンサートではピアノの脇に水の入ったコップを6個置き、それを飲みながら演奏するというちょっと変わった天才ピアニスト。

 

ふたりのCDを聴き比べるというのも、一興かもしれません。

 

2011.3.11