Vol. 11
モーツァルト/クラリネット五重奏(演奏カール・ライスター:ベルリン・フィルハーモニー・ゾリステン)
めっきりと冷え込んでまいりました。日もすっかり短くなり、枯葉が積みかさなるように、もの想う夜が多くなってきた今日この頃です。今回は、こんな季節に紅茶などをいただきながら聴きたくなる名曲をご紹介いたします。
モーツァルトが生きていた時代、クラリネットはまだ発展途上の楽器でしたが、彼はその淡々としてまろやかな音色を愛しました。晩年を暮らしたウィーンに、アントン・シュタットラーというクラリネット演奏の名手がおり、彼はいつしか物心両面でモーツァルトをささえる親友になっていました。この「クラリネット五重奏」は彼に捧げるために作曲されたため、「シュタットラー五重奏」と呼ばれることもあります。
モーツァルトの最晩年、極貧と病苦の中で書かれたこの曲は、互いの友情のあたたかさを示すかのように静謐でありながら歓びに満ちあふれたリリシズムを感じさせます。自由で気品があり、神と戯れながら生みだしたのではないかと思わせる美しさがあります。この曲を聴いて、きらいだと言うひとは世界中におそらくひとりもいないでしょう。
私が初めてこの曲を聴いたのは、高校時代に見た「幸福(しあわせ)」という1965年製作のフランス映画の中でした。ヌーヴェルヴァーグの先駆者アニエス・ヴァルダ監督による抒情的な映像に、この信じられないほど美しい旋律が何度も重なって流れ、私は映画館の暗闇の中でうっとりとシートに沈みこんだことを覚えています。
モーツァルトをどう語るかで、その人間の音楽観がわかると言ったひとがいます。
私は答えます。モーツァルトは人類史上もっとも偉大な天才である、と。
2011.12.22