ベル・イル島のバカンス<Belle –Ile –en- Mer>(1)

カラフルな窓
カラフルな窓

ブルターニュ沿岸に浮かぶ小さなベル・イル島は、かつてカナダに移住したフランス人が、17世紀末の植民地戦争でイギリスに敗北して帰国した78 家族、約300人が住みついた島だった。八丈島(62 km2)より、いくらか大きい(84 km2)が、雨が少なく冬の厳しい風のため、農業は振るわず、にしん漁業も衰退して、住民は7、8月の観光に頼っている。島に点在する家はほとんどが夏用の別荘だと聞いた。産業といえるものがないので人口はふえないらしいが、避暑地として人気があるので、近年地価は高騰して、宿泊費は1泊平均100~120ユーロと施設に比して安くはない。海辺の高台にある島一番の高級ホテル「カステル・クララ」では、勿論タラソで全身美容に励むこともできるが、1泊300~600ユーロと高額で庶民には無縁だ。ホテルを見学しての感想としては「大したことないじゃない!!」

 

シーズン中はブルターニュの岬から45分の海路をフェリーが往復する。島でキャンプする若者やフェリーに車を乗せる家族連れ、バカンス客を受け入れるホテルや貸し部屋・貸し家が整っている。夏の夜は10時過ぎまで明るいので、昼は海辺でスポーツ、夜は7月はオペラなど音楽祭、8月は1週間単位でサルサ講習会、テクノやロックコンサート催事が企画されている。

 

砂浜は少なく岩
砂浜は少なく岩

さて、女の「50’s」には何があるのか? 私の体験を披露しよう。広大な土地に島独特の石を積んだ家が点在し、そこで寝起きして1週間毎に組まれたアトリエに参加。毎日グループで海辺を歩く、ヨガ、鳥や島をテーマに詩作、水彩画などがあるが、私は良く訳も分からず日程の都合で、粘土を通じての瞑想を言葉に置き換えてみるという一種心理学的アトリエに入会した。講師がごちゃごちゃとユング(スイスの分析心理学者*1875~1961年)がどうのこうのと話し、そこからの自由連想を粘土で表現する。仲間は30~60代の12人の女性。フランス中の北や南から集まった「もやもやとした悩みや感情」を発散させたいというこの種の深層心理学教室の経験のある人が大半だった。私が滞在した1週間は他に水彩画教室もあり、初心者から10年のベテランまでが朝から夜まで島の風景画に没頭していた。この週だけで27人の女性を寝食を共にした。出発前に取り寄せたパンフレットには性別はなかったが、ボランテイアでこの土地とアトリエの管理者としての責務を負うオデイルさんという心の広い年金生活者によれば「こういう学習教室に集まるのは、圧倒的に女性が多い」との事だった。日曜毎、オデイルは町の教会ミサでオルガン奏者に変身する。宿泊者のための日常生活、食事やベッドなどについても1、2週間交代で面倒を見る人がいる。旅先を調べた時には分からなかったのだが、カトリック教会が背後援助をしているのがわかった。だが、滞在中「信仰」については誰も一言も言わなかった。正規に雇われているのはベジタリアン料理人イヴォンとそのアシスタントの20歳の大学生のマリオン。このマリオンちゃんは7歳の時から両親と毎年島にきていて数学者になりたいのだそうだ。彼女は栄養学的に身体のオーガニズムを実によく知っていて、疑問があればたちどころに早口で説明してくれた。勤勉な彼女はきっとそのうち男共のトップに立つ仕事をするようになるだろう。私が近年出会った若者のうちでも光る頭の良さで、生真面目な外見だが、実に割り切った現代人だった。2週間のアルバイトの後、島でボーイフレンドと2人でキャンプをするのだとこともなげに言う。

毎朝、リラックスの体操から始まる
毎朝、リラックスの体操から始まる

さて、アトリエ生活の中身はこうだ。
第1日目、講師の瞑想哲学みたいなハナシが始まった。「パンフレットをよく読まないで、妙なところに来てしまった。」「水彩画教室に参加していれば、少なくとも技術を習得できただろうに、、」と後悔の日。「何が始まるのだろう?? 私は精神治療に来たわけではないぞ!!」 画材を運ぶのが億劫なので、紙と鉛筆だけ持参のアトリエに決めたのだが。

第2日目、朝1番は気功、ヨガ風の体操で始まった。腰痛に悩む私には、これはありがたい。「毎日体操をしたい」と提案すると皆に受け入れられた。この後、目をつむって粘土をこねる。色々な言葉が与えられて、自分風に解釈して造形。午後は皆で連れ立って海水浴。夕方から言葉の創造。順番がまわってくるから、発言は必至である。ボッーとした頭では、難しいフランス語は舌にのぼってこない。「一体、私はなにしているの?」という感じだから、私なりの短い言葉をいくつか発する。禅問答みたいだから手をあげて言ってみた「私はだだ話すという事のために、話し言葉を弄するのは嫌いである。それに目をつむって粘土をこねまわす意義がわからない」と。皆が微笑で私を見た。講師は「自分を環境に順応させてみなさい」と答えた。ハイ、ハイおっしゃる通りにいたしましょう!!

 

第3日目、私だけは目をあけたままで粘土をこねても良いことになり、午前中は一人ひとりが粘土で顔の造形。午後海水浴。夕方は制作した「顔」へ、それぞれが詩なり文章を作って発表しあう。と、まあこんな風に毎日が、時間割としては充実して、女同士は日毎に仲良くなり、夜は芝草に寝転んでワインをのみながら流れ星をみていた。誰もなにも強制しない。料理は菜食で、野菜を切ったり、皿洗いは毎日当番制で、皆が積極的に参加して気持ちが良かった。汚すだけで、片付けることの少ないフランス人の集団としては珍しく、本当に和気合いあいとしていた。こんな講習会に亭主や子供をおいてまで「家庭」の主婦という束縛を離れてみたいという女が増えているのだろう。皆それぞれが「自分」を大切にしている。

 

ベル・イル島のバカンス(2)へ続く

 

 

2010.8.23