引き裂かれる母心 〜ナタリー・バイ(Nathalie Baye)〜

2011年、62歳のローラ
2011年、62歳のローラ

彼女の笑顔は、なんとなく淋しげに感じる。ナタリー、63歳。24歳で映画デビュー、女優歴40年。国立演劇学院を卒業してトリュフォーやゴダールに育てられた。しっかりと役者魂を持ちながら、過去の道徳観にとらわれず、むしろ突き崩して自分らしく生きるのを選択した青春60'sの落とし子の仲間である。彼女等は、結婚という誓約をせずに、パートナーをよく変えて、それを隠さなかった人が多い。フランス社会には、親の片方が違う義兄弟、義姉妹が実に多い。サルコジー大統領も現存する3人の妻との間にそれぞれの子供がいる。

 

ナタリーは、フランスでは別格扱いでトップ人気の歌手、ジョニーアリデーと映画共演したのがきっかけで娘が産まれた。

Image by © Stephane Cardinale/People Avenue/Corbis
Image by © Stephane Cardinale/People Avenue/Corbis

35歳にして着実なキャリアを持つ女優と、10代から既に人気のあったロカビリー歌手生活の男との共棲は、始めからあまり接点がなさそうに見えた。"とはおかしなものだ。二人は4年後に別れたが、娘が7歳になるまで、彼女は仕事からも遠ざかり、父親が一緒でない分まで、母として子育てに気をつかった。自分の母がボヘミア気質で、年老いるのを嫌っていた。ナタリーは母親の母のようになりながら成長してきた。こんな逆転劇は繰り返したくはなかった。娘のローラは、68歳にして今も国民的人気で現役の父と、セザール賞女優の母のどちらにころんでも、芸能界への道は明るく開けていた。ローラは女優としてすんなりと受け入れられ、華々しくデビューした。これまでもイロイロあったらしいが、今年の1月27日朝8時半頃、冬空を裸でフラフラしている娘が警察に保護された。28歳になったローラだった。母親も、特に父親は長者番付けに載るお金持ち。そのお嬢様が普通のサラリーウーマンになろう等とは考えられもしなかったろう。麻薬とアルコールに犯されては離れ、また戻る生活が続いての、この冬の朝の悲惨な出来事だった。娘を救いたい母ナタリーの悩みは底知れず深い。

娘のローラと
娘のローラと

---- 何が起きても、娘の事が第一位になるわ。でも、母である事と女であることは両立しても良いのではないかしら? ---- 


ナルシストの様に鏡を3時間毎に見る為に女優になったのではなく、「人生に飛び込むためにこの仕事を選んで、偶然に恵まれた。」と述懐する。他から見られる仕事だから、首のシワとりと豊胸手術はしたと告白している。

セザール賞 最優秀女優賞
セザール賞 最優秀女優賞

---- 私は、3つ別荘を持つより、1つ快適な住まいがコートダジュールにあれば満足。私が、ずっと経済的なことに注意して来たのは、自由でいたかったから。お金に困れば、どんな役でも引き受けてしまうでしょう?そうなりたくはなかったから。---- 


---- 私は本当は内気だけど、努力家だし、あきらめないわ。30代とこの10年位が一番仕事がたくさん出来たし、自分自身にハーモニーが感じられる。最近は欲望が少なくなって、お陰で、自分が軽くなったと感じられるのは、年齢とのつきあいが長くなったからよ。---- 

 

一見して人好きのする表情を持つ女優ナタリーの微笑の影は、娘ローラへの哀しい母の問いかけが隠されているような気がする。

 

 

2012.2.16