オデットの場合

息子のジェレミーが11歳の時、彼は興奮して学校から帰ってくるなり母親のオデットに「ママ、僕の家はどうしてパパとママが離婚せずに一緒に暮らしているの?」と聞いてきた。学校の授業で夏休みの事を話していたら、ジェレミーのクラスでは彼がただ一人、両親が離婚していない家族の子供だったとのこと。「お友達は別れたパパとママのどちらかと一緒にバカンスに出かけるので、皆バカンスが2回あるんだって・・・なんだかいいな~」と言うのだ。

ベルギーの最近の統計では4組の結婚に対して3組が離婚している事になり、首都のブラッセルではこの5年間、結婚するカップルの数より離婚の数の方が多いと発表された。 確かに周りを見回すと、離婚経験のない人の方が少ない。2度目、そして3度目の結婚という人もざらにいる。

 

プライベートの問題と、社会的地位や仕事とは切り離されて考えられているヨーロッパでは、派手な離婚暦に干渉する人は誰もいない。また女性の社会進出が日本よりも進んでいるので、自立した女性達はがまんしてまで気難しい夫との関係を続けるつもりはないという考えがあるからかもしれない。そのせいか、あっという間にあっさりと離婚に踏み切る夫婦が多いのが現状だ。

 

ジェレミー君は今32歳、建築家に成長してバリバリと仕事をしている。そして彼のパパとママ、エリックとオデット夫妻は今年結婚37年。ベルギー人のカップルの中でも本当に珍しいおしどり夫婦だ。

ふたりとも57歳、彼等は同じ美術大学のクラスメートとして知り合う。出会った18歳の時はお互い他の人と付き合っていたのだけれど、オデットがボーイフレンドとけんかした翌日エリックに凄い熱烈なキスをして、それからの付き合いだと言う。

 

オデットはウインドディスプレー・デザイナー。そしてエリックは映画の照明係をしている。一日中いろいろな店を移動してディスプレーをするオデット。撮影で家を空けることの多いエリック。二人ともお互いの仕事で忙しい。それでも社交的な二人は、週末も、そして平日の夜だって何だかんだでお出かけが多い。そしてちょっとでも二人の休みが取れると、800キロ離れたスイスの村まで車を飛ばしてスキーや山登りを楽しむ。

 

このエネルギッシュな二人の行動。いったいどこからそんな力が出てくるのだろう?楽しく仕事をして、沢山の友人と交際して、人生を謳歌している。でも、この仲のよい夫婦だって、37年も一緒にいれば波風はある。社交好きでダンディーなエリックは凄く女性に優しくて、とても人気がある。仕事柄、沢山の若い女性と仕事をするのでそれだけ誘惑も多い。

 

結婚して6ヵ月後にエリックは友人の奥さんと関係をつくり、オデットは彼を一人置いて旅に出た。6ヵ月後、エリックは彼女を探しにギリシャまで旅立った。

8年前に、エリックは長期のギリシャでの撮影に出ていた。長く家を空けているエリックに会うためにギリシャに向かったオデットは、彼のホテルの部屋で几帳面なエリックがたたむ彼の服のたたみ方がいつもと違っているのに気がつく。撮影現場にいたある女性が、エリックとこのホテルで同宿していることが解った。

 

「エリックは不器用なのか、わざとなのか? 私に浮気をしていることを感じさせる行為をするのよ・・・」とオデットは苦笑いしながら言う。 そんな浮気な亭主を持って、どうやって彼女は彼を操縦しているのか? オデット曰く、「私たちはいつも話し合いをしているの。夫婦というよりも対等なふたりの人間として、お互いにいろいろなことを話し合うの。それに、私はエリックが本当に私と別れたいといったらいつもで別れてあげようと思っているの。私だって捨てたもんではないから、今でもいろいろな男性からお声が掛かるのよ。」

 

彼女はいつも競争が好きだ。ライバルがいると燃えるタイプで、常に自分のテンションを高く持っている。確かにこのふたりを見ていると、どちらがより素敵なのかお互いに競争しているように見える時すらある。それに、彼女には自分がいかに彼にとって大切な人なのかが解っているのかもしれない。だから、「浮気をしてみて女房の良さがわかればそれも良し」。浮気のひとつやふたつは、ふたりの関係には問題ないと思っている節もある。懐が深いというか、自分に自信があるというべきか。

 

でも、50歳が近くなり急にオデットも肉体的な衰えを見せ始めた。いろいろな更年期症状が出はじめた。急に太ったり、眠れなかったり、イライラしたり、汗ばんだり、そして子宮筋腫の手術を受け、その後の回復が遅れた。そのためか皺が急激に増え、なんだか一回り小さくなった。

 

「あと3年で私は60歳、もうすぐ引退したいの。そしてのんびりスイスでエリックと暮らしたい。更年期になり、女でなくなってから、私の心よりも先に私の体のほうが私自身に無理をせずにもっと自然体でスローペースに生きるようにとメッセージを言い始めたようなのよ」。体の変化が著しい彼女の更年期。その変化に耐えられず、彼女は悩み、いろいろなホルモン剤やサプリメントを飲み続けた。女としての機能がなくなり、夫との関係をすごく気にするようになった。

 

体の不調でいろいろ苦しんでいるときに、エリックが彼女に初めてぽつりと言った。

「君みたいな素敵な女房を持って、ボクは幸せだ・・・。」

その一言が彼女のいらだちを吹き消した。いまは自然体になり始めたオデット。あの強気だった肩の力が抜けていき、本当に丸くなった。そして皺のふえた笑顔が彼女の魅力を一層高めているように見える。

そう、更年期の妙薬はホルモンやサプリメントではなくて夫婦愛なのかもしれない。夫婦がお互い年をとっていっても、いつまでも仲良く楽しく一緒に暮らせること。そして皺が増えて、もっと素敵になる人もいるのですね。

2009.11.20