オルガの場合

16歳の誕生日。その日にオルガは念願のバイクの免許をとった。そしてプレゼントにもらったロレックスの時計を売っぱらって、でっかいバイクを買った。

オルガに私が初めて出会ったのは、ギリシャの島の別荘。一畳にも満たない狭い台所で彼女がダイナミックにカニのパスタとギリシャ風サラダのランチを作っている時だった。まるで絵葉書のような、白壁にコバルトブルーの窓のある丘の上の別荘。地中海をのぞむテラスでいただいたオルガお手製ランチは絶品だった。

地中海を思わせるブルーの瞳をもつオルガは、アテネの有名な弁護士の一人娘。

将来は音楽家になるか?文筆家?それとも父の意を継いで弁護士になるのか?読書好きで映画好きな多感な少女は、おぼろげながら自分のなりたい仕事が弁護士以外にあると感じながらも、(バイクを乗りまわすという例外はあるが)論理的な父親の説得に反論する事ができずに、仕方なく『 品行方正な良家の娘 』として父親の希望するアテネ大学の法律学科に進学する事にした。

優秀な成績で大学を卒業した彼女は、司法試験を受ける前のインターンとして父の経営する法律事務所で研修を始めた。でも、とたんにパニックに落ち入る。「どう考えても私は弁護士には向かない!」だが、父親を説得する良い理由が浮かばない。それなのでとりあえずは時間稼ぎの為に「もっと勉強がしたい」という口実を作り、奨学金をもらってアメリカのイエール大学で心理学を学ぶ事にした。

もちろん4年間のイエール大学生活では『品行方正な良家の娘』として心理学の博士号もしっかり取得はしたものの、この心理学のコースは隠れ蓑で、それ以外にも彼女はアメリカ詩学や文化人類学、そして映画学などの心理学には全く関係のない授業にも出席していた。

そして、彼女の大好きな(光の芸術とも呼ばれる)『映画』の制作とは趣味で作る物ではなく、一つのまっとうな『職業』である事に気がついた。彼女曰く、「イエール大学の校則 Lux et veritas(ラテン語で《光と真理》という意)の私なりの本当の真理をその時に認識したの」当時25歳だった。

卒業した彼女は同じ大学で知り合ったイタリア人の(旧)夫といっしょにアルゼンチンに渡り、オンボロ車を売っぱらって作った映画製作費用で、ブエノスアイレスのイタリア移民地区であり、タンゴの発祥地でもあるボッカ地区のドキュメンタリーを初めて制作した。

そして、その映画がイタリアのテレビに放映された。彼女は天にも昇る気持ちだった。

とうとうギリシャに帰る時が来た。そのころ、彼女には父親の意に反して「司法試験を躊躇する正当な理由」が発生していた。彼女の両腕にはやっと歩き始めたばかりの長男と、生まれたばかりの次男が抱きかかえられていたからだ。そして二人の子供の子育てをしながら、「キクラデス文明の謎」や「コンドームの華麗なる付け方」など、あらゆるジャンルの教育番組の制作に監督として励みはじめた。そんなこんなしているうちに(彼女のもくろみ通りに)、父親の意に反して、司法試験の年齢制限35歳を過ぎてしまった!

教育番組制作の為に、「雌牛の人工授精」について酪農家を訪ねてリサーチしている時、

「雌牛の発情」について農家の人にその秘密を教えてもらった。

その話がきっかけとなり《 The Cow’s Orgasm -雌牛の発情-》のシナリオが生まれ、初めての劇場映画の制作をした。 この映画がなんとギリシャで大ヒットした。 彼女は一夜にしてギリシャの女性監督としての名をあげる。そしてつぎつぎにギリシャの映画制作会社が彼女に監督の依頼をするようになり、彼女は監督またはシナリオライターとして多くの劇場映画やテレビドラマの制作にかかわるようになる。

今のパートナーのヤニスにオルガが初めて会ったのは丁度そんな時だった。

彼女が映画監督をするテレビドラマの映像監督(カメラおよびライティングなど映像全般を取り仕切る責任者)としてヤニスを紹介された時に「ヤニスの私を見る目を見た時に、彼に強く引かれるものがあって、急に怖くなったの。

その時まだ私も、彼もお互いにそれぞれの家庭をもっていたし、仕事と恋を一緒くたにはしたくなかったから、私は初めてプロデユーサーにこの人とは仕事をしませんと断りをいれたの」そして、彼との恋は芽生えずにその後何度ものすれ違いがあった。

オルガはその何年か後にイタリア人の夫と離婚する。そして彼女は亜麻色のカーリーヘヤーをストレートへヤーに変えてイメージチェンジする。「ギリシャが嫌いなイタリア人の夫をギリシャにつなげて行く事はとても難しい事だったの。」

そんな時、久しぶりにヤニスに出会う。オルガは50歳の誕生日を迎える直前だった。二人ともすでに離婚していて、子供達も大きくなり大学生活を謳歌していた。そしてやっとオルガとヤニスの大人の恋が芽生える事になった。

「二人の生活はお互いの家庭と仕事を大切にした上で成り立っている」と彼女は言う。「だからお互いに各々の家や別荘を維持しながら一緒にいる時間を大切にシェアーしているの。」

彼女が手がけた6本目の映画は彼女が監督し、パートナーのヤニスが映像監督をして2012年にリリースした《 Marjoram(マージョラム 料理に使う香草)》

それまでの5作目まではギリシャの現代と伝統のギャップや風土なども織り交ぜたコメディータッチの映画を作っていたが、6作目は初めての心理的(サイコ)サスペンスドラマとなった。ギリシャの抱えている大きな問題、政治恐慌で破産する父母を助けようとする11歳の少女の話。そしてこの少女には家族に明かす事が出来ない悲しい秘密があった。 この映画は国際的に評価されて、ロシア、アメリカそしてトルコの国際映画祭などでも上映されている。

ティノス島のヤニスの別荘には、オルガがいつも持ち歩いている花ばさみで摘まれた野の花が至る所に生けてある。庭にはレモンがなり、香りのいいハーブの香りがただよう。オルガお手製の刺繍のタピストリーや可愛いリボンの付いたリネン類。ちょっとしたディテールが小粋でお洒落。

私たちがこの別荘を訪ねたときは丁度復活祭。 ギリシャではクリスマスよりも大切な宗教行事で、家族や友人が集まり祝うのが風習だとか。小さな別荘にはオルガの友達が真夜中のミサが終わった後に押し掛ける。皆オルガが大好き。彼女は聞き上手。一緒にいると何となく彼女に内訳話をしたくなる頼りになる姉さんという感じ。

ティノス島からの帰り道。私たちはフェリーに乗ってアテネに向かっていた。船上で年老いた夫婦が大喧嘩を始めた。オルガがスッーと彼らに近寄ってあっという間にその二人の仲裁をした。船がアテネに着いた。フェリーから出てきた車の1台にあの大喧嘩していた老夫婦が仲良く並んで乗っていた。

アテネでヤニスが主催する国際会議が開かれた。世界25カ国から60人のも人たちが集まる。その前夜祭としてオルガは参加者を自宅に招待するという。料理が大好きで、セレブの開く料理教室で料理を披露して大人気を集めた彼女だけのことがあり彼女のレパートリーは広い。そんな彼女を追っかけて私は魚市場に出かける。

待ち合わせ場所に現れた彼女は何と600ccのでっかい BMWのバイクに乗っていた。魚市場で魚を吟味してサッサと買い付けをした彼女はバイクのヘルメットケースに魚を積んであっという間に走り去ってしまった。

翌日、彼女の素敵なアテネの自宅でギリシャの郷土料理のパーティーが開かれた。タラモサラダにイワシのマリネとタコとオレンジのシチュー。ギリシャのチーズに数々のギリシャ菓子とアイスクリーム。彼女の作るおいしいお食事と楽しいおしゃべりで素敵な夜が過ぎた。

彼女は今、7番目の映画の企画を練っている。

ギリシャの有名な映画『その男、ゾルバ』(1964年作アカデミー賞を3部受賞/7部門にノミネート)がヒントになったシナリオだが、主人公のゾルバは男ではなく女だったという話らしい。オリジナル映画『その男、ゾルバ』のエンディングはスッカラカンになったゾルバとその相棒のバジルが島の海岸でギリシャ民謡を踊るシーン。果たしてオルガのシナリオの『(タイトルは未定のようですが)その女、ゾルバ?』はどんな主人公なのだろう?

2012年から続くギリシャの経済恐慌にも負けない、強く、明るく生きるギリシャの女性が描かれるのだろうか?

アテネの守護神は女神アテネ、智慧と技術の女神として賢明な頭脳を持ち、黄金に輝く武具を身につけたアテネ神は、人々に勇気を与えて勝利を支援するという。

バイクに乗っているときのオルガは男勝りに見えるけど、ヤニスの隣にいるときの彼女は料理をしたり、刺繍や裁縫、そして家中に野の花を生けて楽しんでいるかわいらしくてフェミニンな人。こんなかっこいいcoolな女、なかなかいない!!

<オルガのホームページ>http://www.olgamalea.com

 

2014.8.21