ヘレンの場合(1)

ベルギーは一年のうち200日も雨が降る。ブラッセルにある高級住宅街、地上11階にある広いアパートメントのリビングは中国やインドの家具が並び、かすかなジャスミンのかおりが漂う。ゆったりとしたソファーに腰かけ、天井から床まである大きな窓にひろがる空を見るとほとんどが重い灰色の雲で覆われている。ヘレンはベルギー人の夫と結婚して20年。いつまでたっても、この暗い空にはなじめない。

 

ヘレンの生まれ故郷はインドの西部、ラグコットというアジ川に沿った内陸の街。ポルトガル領の名残りが濃いこの街は、ガンジーが若い頃に滞在したためかインド独立の気風がつよい街として知られている。

 

ヘレンはインドでは少数派のカトリック教徒家庭の長女として生まれる。役人をしている父、家を守る母、4歳年下の弟。平均的なインドの中産階級ではあるが、実家には「文明の利器」と戦後の日本でいわれていた掃除機も洗濯機も無い。その掃除機と洗濯機の仕事をするのは安い賃金で使われている身分の低い召使いたち。

彼女は地元の学校を出た後、家庭内暴力の防止キャンペーンをする為のリサーチをする仕事に就いていた。貧困、宗教、カースト、一夫多妻、文盲、さまざまな要因でこの国の女性達の地位は低い。 偏狭な男社会の中でどのようにして女性の地位向上と自立を促していけるか、というのが彼女の大きな課題だった。

 

その職場で、彼女は発展途上国の技術援助指導をしていたベルギー人のピーターと知り合う。ヘレンはピーターに会うまで外国人と一度も接したことが無かった。ピーターは当初彼女には興味を示さなかった。彼はいつも他人と距離をおいた、気難しい殻にこもった人だった。でも彼女には“おまじない”があった。

 

若い女性ならだれでも覚えがあるように、ヘレンも女学生の時に友達と連れ立って街で評判の占い師をひやかし半分で訪ねる。占い師が、「あなたは外国人と結婚して遠くの国に行く事になる」と占った。友達が「ヘレン、あなた何か私たちに隠しているのね」とはやし立てる。気が付くと、彼女は心の中で占い師の言葉を“おまじない”のようにつぶやいていた。

 

彼女の献身的な仕事ぶりと包容力を目にしているうち、ピーターはヘレンの素晴らしさに気が付く。そして知り合ってから5年目に、やっと二人は結婚を決めた。インド人にしては珍しく、晩婚といえる30歳でヘレンは結婚する。ヘレンの“おまじない”が効いたのか?そして、ヘレンは初めての飛行機に乗った。

 

たどり着いた国ベルギー。そこにはインドのように燃え立つ黄色い大きな太陽は無く、そのかわりに霜が下り、雪が舞い降る暗い空があった。荘厳な建物、ポプラの並木道、西欧料理、暗い色のコートを着て道を行きかう人々。そして、どの家庭にも掃除機や洗濯機があった。 ヘレンにとっては何もかもが驚きの連続だった。

 

ベルギーの有名な景勝地、ナポレオン最後の戦いの地として知られるワーテルローに連れて行かれた時も、彼女にはナポレオンという人名すら初耳だった。何しろインドで彼女が受けた教育では西洋史を勉強する事が無かったのだ。

 

ヘレンの場合(2)につづく

 

 

2009.6.5