ローランスの場合(1)

初めて彼に会ったのは大学に入ってまもなく、ローランスが19歳の時だった。ゼミの3級上のクラスに、190センチはある体格、落ち着いた威厳のあるテノールの声で周囲を磁石のように引きつけているエリックがいた。ローランスは彼から目をはなす事が出来なかった。彼に近づいて話したかった。

 

でも、いざ彼の前に出るとエリックの圧倒的な存在感を目にして彼女は急に小さくなってしまい、声を出す事すら出来なくなっていた。それに、その時すでに、王にかしずく王妃のように彼の隣りには美しい婚約者が侍っていた。ローランスの一目惚れはしゃぼん玉のように膨らんで、すぐに儚く消えてしまった。

 

ローランスはブラッセルの裕福な銀行家の家庭に生まれた。育ちの良い3人姉妹の次女。 小さい時から植物や海が大好きな娘だった。大学に入る前に、彼女は父親に「私は海洋学者になり、海の自然を勉強をして世界中を歩きたい」と話したところ、保守的な父親に「そんな仕事は良家の娘のする事ではない」とさとされて、父親の決めたマーケティングの勉強をする事にした。

 

大学を卒業後、ローランスは会社勤めを始めた。真面目に沢山の仕事をしているが、なぜか充実感がなかった。忙しい中なんとか時間を作っては彼女の大好きな海に行きウインドサーフィンを楽しんだ。いつも海にいる時だけが、自分が一番自分らしい時だと感じていた。父親にウインドサーフィンの店を開きたいと話した時も、「いったい何を言っているんだ、2人の姉と妹のように相応の相手を見つけて結婚をするのが女の幸せだ」と大反対され、あきらめた。

 

ローランスが30歳の時、ユダヤ系医者のジャコブと知り合う。二人は恋に落ちる。両家の両親ともこの結婚に反対した。ユダヤ教の戒律を厳粛に守るジャコブの家はカトリック信者のローランスを嫁に取る事などもってのほかだった。だからといってローランスがユダヤ教に改宗する事など、彼女の家では考えられない事だった。

 

とうとうある日、二人で両親の合意なしに結婚をする約束をした。「友人だけを集めて、市役所での簡素な式を挙げよう。結婚したら子供を沢山作ろう。海の近くに住もう」。ローランスの夢は膨らむ。親に反発してこんな重要な事を決めたのは、彼女の人生で初めての事だった。

 

だが、結婚式の2ヶ月前、ジャコブは突然心臓麻痺で死亡した。市役所に結婚の手続きの為の書類を提出した翌日の事だった。ジャコブの両親は彼女を葬式の参列者に加えなかった。

 

ローランスは婚約者を失い、放心状態で家の中に引きこもっていた。彼女の頭の中では『何かをしなくては』と思い焦りながらも、体が全く動かない。6ヶ月間、部屋から出ない生活が続いた。憔悴しながら、その間、彼女は色々な宗教の本だけを読み続けた。  

 

『幸せの絶頂の中で、なぜ急にこのような罰が私に下りたのか?』彼女は宗教を学ぶ事で彼女の悲しみや喪失、そして生きる意味を理解したかった。しかし6ヶ月間読み続けたさまざまな宗教の本は、彼女に何の答えも生きる希望も与えてはくれなかった。

 

 

ローランスの場合(2)へつづく

 

2009.9.18