金のパウダー

今年の夏は母校で「金つぎ」のセミナーを受けた。「金つぎ」というのは、欠けたりひびが入った陶磁器の修理の方法で、漆と澱粉で傷をうめ、金粉で化粧をする。私が「金つぎ」を知ったのは学生の時だった。

奈良博物館の前に日吉館という旅館があり、古美術研究の単位取得のために滞在したのが、この旅館との出会いだった。訪れる人の大半は研究者や学生、または奈良に深く心を寄せている、といった人たちだった。旅館は質素で飾り気はないが、心は細かいところにまで行き届いていた。どんな人もひと晩目はすき焼きが振る舞われ、ふた晩目は違うメニューとなる。食器は染め付けに統一されており、その青と白の器に時折、金色の線が走っていた。この金色は「金つぎ」で壊れたところを修理して使っているのだと、宿泊者のみんなが「おばちゃん」と呼ぶ経営者に教わった。青と金のコントラストの美しさや、思いがけないラインの面白さは若い心に深く印象に残ったようで、折に触れ「金つぎ」のことを思い出し、自分もいつかやってみたいと思っていた。

春頃に母校から郵送された、夏休みアート・セミナーの案内の中に「金つぎ」を見つけ、すぐに申し込んだ。授業は7回。記憶の中にある、青と白の地に金のエレガントなラインは実は大変緻密で、根気のいる仕事であった。小麦粉と水を練り合わせ、餅状になったところへ漆を混ぜ込み、麻の粉や木の粉を混ぜ込んだもので欠けた部分を補修し、ヒビにはまた別の方法でそれをうめ、完全に割れたものは、また他の方法でしっかりとつける。一つ一つの状態を見て、それぞれに合う方法がとられる。湿度の高い風呂に入れて完全に乾かした後、漆を薄く塗って珪藻土の粉末を蒔き、乾燥させて研ぐ。また、漆を塗って軽装度を蒔き、乾かして研ぐ。何度か繰り返した後に、ようやく仕上げの漆を塗り金粉を蒔く。面白いことに漆は湿気を与えることで乾く。そうして金粉を蒔いた後にツルツルのオニキスで金粉を研ぎだしていく。途中の仕事がマズいと仕上がりはデコデコと醜くなったり、妙にポッテリとあか抜けない。生まれて初めての仕事としては、こんなもんか、という上出来になったのは先生にだいぶ助けて頂いたから。

こんなに大変な思いをするのなら、壊れたものなんかサッサと捨てて新しいものを買えばいい、という人もあるだろう。ところが、器は新しく買っても、壊れた器にまつわる思いは買うことができないのだ。こうして直した器は一生失いたくない気持ちになる。

 

大好きなものを大切に扱い、それでも痛んでしまったら、手間隙かけて丁寧に修理をする。湿気を与え、何度も漆を薄く塗り重ねる。すると、前より良い表情でよみがえるのだ。アレ? これってお肌と同じ? メノポ世代の少々お疲れのお肌、忙しいのを理由に無理をして少々乱暴に扱って、あちこち痛みの出たカラダ。じっと見つめて、時には金のパウダーを蒔いてあげてもいいかも。

 

2010.9.27