「奄美の地・血・智」

一ヶ月経つのが早いですネー。 結果報告になりますが、4月15日から19日迄、恵比寿のギャラリー”POMAR”で個展を開催しておりました。

 

前回のこのコーナーでも少しご紹介いたしましたが、「奄美の地・血・智」と銘うっての奄美大島での染色を生かした物たちの作品展でした。

奄美南西部嘉徳の吉川好弘さんにお願いした琉球藍(透明度が一番高い)の暖簾やストール、大島紬のテーチ木泥染めの行程を支え続けている金井工芸さんのご指導のもと自分で染めたオリジナル着物、 帯、ブラウス、Tシャツ、パンツ、ジャケット、革のバック、ベルト、アクセサリー等の作品約200点。

 

 

奄美の伝統工芸復興の為に微力ながら何か出来る事でお役に立ちたい!! と思ったのがきっかけでした。伝統工芸復興の為になんて、まず自分が復興しないといけないのに、と思い上がった考えをもったものですが。

 

去年の7月7日(この日にちもいまや私にとっては運命的と思えるものになりました)、 初めて訪れた美しい南の島。梅雨も明け、眼に映るのはどこ迄も続く青い青い空と海と濃い緑一色の山々。ここであの大島紬が作られているんだワ、とワクワクしました。

 

大島紬については知ろうと思えば知る機会は色々あり、製造 工程は頭では少し理解していましたが、自分で何枚か誂えて着ているうちにどうしてもその美しいものを作っている人達の所へ行きたくなったのです。

ペルシャ絨毯、ゴブラン織りと並んで世界三大織物の一つとされている大島紬。1300年の歴史を持ち、世界に類を見ない精巧な絣(かすり)織りで、奄美の美しい自然から生まれた地球に優しい天然染めの手織りです。大きく分けても30近い作業工程があり、織り上がる迄、半年から一年以上かかるものもあります。

この染めの行程だけでもとても重労働!

 

泥田には足の付け根ぐらい迄ある長靴を履いて入ります。染めに夢中になっていると、ヨーグルト状の滑らかな泥にふくらはぎ位まで埋まってしまい、抜こうにも抜けず自分が泥染めになりそうになりながら私もやっています。

下染めの為の藍瓶は温度を一定に保つ為に地面に埋めてあります。

 

そこに腰を屈めて川でのお洗濯状態で染めるので、瓶の中に落ちて青い人になるのではと心配しながら、繰り返し繰り返し作業します。

この染めの行程より先に、「のり張り」という大事な行程があります。広ーい畑に糸を張って、イギスやフノリの糊を指先につけ、ひたすらひたすら同じ速度で歩いて糊をつけるのです。炎天下でこの作業をされているお姿を見て感動いたしました。

私はこの技術を消してはいけないと思っています。誰かも唱えてらっしゃいましたネ、

<物づくり日本>と。ならば伝統工芸を支援する補助金を!!!

 

注文がなくても無理して、抱えてる職人さん達に仕事を回している親方さんもいます。ということで、「奄美の地・血・智」になった訳です。

ギャラリーには京都や新潟からの友人、知人、着物の大先生方、出版の編集長、先輩後輩、そして通りすがりの人達、約200人もの方々が訪れて下さって、本当に楽しい毎日でした。

 

お花もたっくさん頂きました。差し入れも。有り難う御座いました。搬出搬入、若い子達が申し出てくれてとても助かりました。仕事をやめて、一緒に物づくりをしたいと言って貰ったけど、実現できるように頑張るからネ。

 

結局、私が一番良い思いをさせてもらった様な・・・ だから又、奄美にお返ししなくては。

おまけの1枚。 京都嵯峨野で出会ったコも大島紬が好きらしく すり寄ってきました。
おまけの1枚。 京都嵯峨野で出会ったコも大島紬が好きらしく すり寄ってきました。

 

 

もう一枚。 一重の白大島に、ゾウサンの柄の帯
もう一枚。 一重の白大島に、ゾウサンの柄の帯

 

 

2009.6.4