扉をたたく人

(C)2007 Visitor Holdings, LLC All Rights Reserved.
(C)2007 Visitor Holdings, LLC All Rights Reserved.

久しぶりに、心を揺さぶられる映画でした。

主人公は、リチャード・ジェンキンス演じる初老の大学教授ウォルター。生きることに無関心になっているウォルターは、NYの別宅に久しぶりに仕事で訪れた。

 

そこで、仲買不動産屋にだまされ、ウォルターのアパートメントに借り住まいしている若者カップルと出くわす。 彼らはアメリカに不法滞在しているシリア出身の青年タレクとその彼女、セネガル出身のゼイナブだ。

行くところのない彼らを見かねて、ウォルターはしばらくの間、彼らと同居することに。 タレクはジャンベ奏者(アフリカンドラム)、NYの小さなジャズバーでジャンベをたたき、その日暮らしのわずかな収入を得ている。 ゼイナブはセネガルの民族的な色調のペンダントやイヤリングなどを手作りして、街で売っている。

 

彼らとの曖昧な同居暮らしの中で、ジャンベの言語を超えたリズム音に、ウォルターの閉じられた心の扉が少しずつひらいていく。とにかく、冒頭からアコースティックな音楽の使い方が小気味よい。

 

そんな矢先、タレクは不法滞在を理由に拘留されてしまう。ウォルターは弁護士を雇い、タレクを解放しようと奔走する。

 

そこへ、ウォルターのアパートの扉をたたく女性がいた。

 

タレクの母親モーナが連絡のつかなくなった息子を案じて、ミシガンから出てきたのである。 ウォルターは、そのモーナのあまりの毅然とした美しさにたじろぐ。 知性的で、控えめなまなざしの中に強さがみなぎっている。 質素だけれど、きちんとした身なり、優雅ともいえる身のこなし。思いもよらない存在感のあるモーナの出現で、映画を観ている側の緊張感がぐっと高まる。

 

たぶんこの映画は、オトコの友情と政治色の強い正統派名画なのですが、私からみると、オトナの硬質な恋愛映画に思える。

そう感じるのは、これを書いている私が、モーナやフォルターと同世代を生きているからなのかもしれない。

 

モーナの誕生日に息子のタレクが「オペラ座の怪人」のCDを送ったと聞かされたウォルターは、モーナをブロードウェイのミュージカルに連れ出す。その夜の、モーナの装いが、これまた清楚でシックで素敵だった。

その帰りのレストランで、モーナは初めてワインを口にする。必死で持ちこたえていた理性を彼女はこの夜、少しだけ緩めたのである。限りなくストイックなモーナのまなざしが、一瞬、揺れた。眼と、指と、肩で、彼女は素晴らしい演技を披露する。

女性が、50歳になっても失うことのない、つつましさ、恥じらい。思わず、オンナの魅力は年齢じゃない!とひとりうなずく私がいた。

 

突然、思わぬ展開で、淡いオトナの恋も終わる。

 

モーナは、シリアに帰国することに。別れの空港で、彼女はすべてのお礼にと、息子の恋人がつくったミサンガをウォルターにプレゼントする。 その紐の極彩色が、彼らの儚い時間の中で生まれた強い絆を物語っているようで心がヒリヒリとした。

 

そして、最後にシリア語で、自分の気持ちをウォルターに伝える。そして、去っていく。 せつない、なんともせつない。劇場のあちこちで、涙を拭いている気配が。そういう私も、久しぶりに素敵な涙をぬぐいました。

 

モーナの静かな身のこなしの中で唯一揺れ動いていたイヤリング、紐細工のネックレス、アフリカの風を感じさせるアクセサリーのコーディネイトが、国境を超えた人々のつながりを感じさせて、どこか深い。

 

しみじみとしたオトナの恋を求めている方に、必見です。

 

2009.8.25