春はあしぶみ…

「さあ三月になった。三月はえらくはやい月だ。とっとと様子が変わってしまう月だから、まごまごしてはいられないのである。むごいほど春は早足で、待っていないのである。」

などという、勢いのある文章で始まる、幸田文の三月のエッセイがある。しかし北国の三月は、とっとと様子が変わるほどではなく、それでも春の気配にウキウキする季節ではあります。今年は三月いっぱい気温が低く積雪量もへらず、車道、歩道以外はまだまだ雪がたっぷり。なかなか春を見つけることが難しい状態でした。もう少し先の、四月下旬から五月半ばの梅、桃、桜が一気に咲きだす頃は、こちらもむごいほど春は早足となるはずです。

春一番、私のささやかな楽しみは、物置の奥にしまった自転車を取り出し、まだまだ冷たい風を切って走ることです。冬の間、自転車に乗ることができないなどの、北国のハンデギャップは数々日常にあるものです。

 

毎回皆さんにご紹介している篆刻(てんこく)は篆書体(てんしょたい)という中国秦代前までの文字を使い、独特な字体を刻しています。今まで季節の言葉や百名山を題材にしてきましたが、漢文の中から一文を選び作品にすることがよくあります。

学生のころ古典の授業は英語より理解できず、何とかくぐり抜けた記憶があります。そんな私ですから、「子供たち、漢文を学ぼう」などという優しい見出しの本を手に、漢文の入り口に立ちながら論語や孟子をのぞくと、どこかで聞いたことのある教訓めいた「子日く…(しいわく)」などの文章が出てきます。その文にはどこか柔らかなユーモアがあって時代を問わずニヤリと納得できるようなものが多く、どれほど時代が進んでも人間は自問自答の一生が続き、先人の知恵に救われたいと思うようです。

そのようなことで、今回は漢文から作品を作って見ました。

まずは、たくさんの漢文の中から一文をさがす撰文という作業をします。たとえば「富貴浮雲(ふうきふうん)」、財産や地位といった物質的・社会的繁栄は、所詮はかなく頼りないものであること。「晴耕雨読(せいこううどく)」、田園で悠々自適の生活をすること。晴れた日は畑を耕し、雨の日は家にこもって読書する。俗世間を離れた生活のさま。などと、気に入ったものを見つけ出す作業は楽しいものです。

 

今回の篆刻には「龍得水」、龍は水中にあると自由自在に動き回れるように、物や人がその能力・性質にふさわしい環境を手に入れること。漢文の力強い作品になりました。文字の形状と意味も自然に似てくるものです。これからはテーマを持たず、自由に時には漢文を愉しみながら篆刻を続けていきたいと思っています。

今回の手作り品は前回に続き、糸で作るネックレスです。グレイの淡水パールをグレイの糸に通し、前回と同じく玉結びで間隔をとり仕上げます。両端にシルバーの小さなチャームを重りに下げ、結ぶ場所で表情がでるラリエットにしてみました。ゴージャスにも、カジュアルにも楽しめそうです。


2012.4.6