Vol. 13

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第4番(演奏クラウディオ・アラウ 指揮サー・コリン・デイヴィス)

さっきまで、ブルックナーの交響曲第9番を聴いていたのですが、やっぱりダメです。インテリが好むブルックナーですが、私にはやはり生理的にダメなんです。口直しにとベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番をクラウディオ・アラウの演奏で聴いたら、すんなりと胸にはいってきました。ブルックナーが無機質な音の連なりに近い舌ざわりなら、ベートーヴェンは木とか土の舌ざわりですね。それも太古の苔むす深い森です。そこにはたぶん、眼下に広がる静かな湖もあることでしょう。人間が人間らしくありたいという世界が、そこにあるのです。

さて、いま私が聴いているアラウの演奏ですが、彼は1903年にチリで生まれた天才ピアニスト。5歳で公式のリサイタルを開いたというほどの神童です。長じて、フルトヴェングラーとも共演するほどにもなった。しかし、いかんせん演奏が楽譜に忠実過ぎて地味だった。若くしてドイツに留学したせいか、チリ人なのにドイツ古典派的過ぎた。彼がほんとうに評価されたのは、1991年に亡くなる最晩年の15年くらいでした。その頃、彼は神がかり的な演奏をくり返したのです。とくに、ベートーヴェンの曲を。

彼が亡くなる5年くらい前でしょうか、私はベートーヴェンのピアノソナタ・リサイタルをサントリーホールで聴いたことがあります。アラウは舞台の左袖からよろよろとした足どりで出てきて、やっとピアノの椅子にたどり着きました。観客ははらはらです。小柄な猫背の老人でした。しかし、最初のピアニッシモをこつんと叩いたとたん、ホールに緊張が走りました。 それはそれは緊張感のある清澄な音だったのです。そして、その音の連なりはそのままつづき、見事なコンサートとなりました。歩くのもやっとの年老いたピアニストが完ぺきな音楽を奏でることに、私は驚きました。瀕死の白鳥の歌です。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は、有名な第5番「皇帝」にくらべると地味ですが滋味にあふれていて私の好きな曲です。これから寒くなる季節、深夜にワインなど傾けながら聴くのにいい曲ではないでしょうか。

 

 

2013.11.7