<パリ発>地下鉄のミュージシャン

From 雪

車両内の演奏
車両内の演奏

パリらしい風景、独特の雰囲気のひとつにメトロが数えられる。この地下鉄路線をアルバイト先あるいは発表の場としている音楽演奏家たちがいる。一年中仕事を探したり、機会を待ったりしなければならない、売れない演奏家の生活は不安定で苦しい。自分の音楽を他にも聞いてもらいたい。

 

パリで15分位メトロに乗っていれば、あなたの車両にきっとアコーデオンやギターとスピーカーを持ち込む演奏家が乗り込んでくる。

地下鉄駅1〜2区間2曲程の演奏でやめて、小さな入れ物を黙って乗客に差し出す。気分の良い日、演奏や歌に感ずるものがあれば、乗客が差し出すコインが入れ物に貯まる。停車駅でホームに降りて、次の車両に移り同じことをする。いわば地下鉄の「流し」で、ジプシーがほとんど。自由業のたぐいだから、通勤時間を避けて、しかも乗客がなるべく多い時間帯をねらって、メトロを乗り継いで行く。カラオケ風にテープ伴奏で歌う人、サクソフォン奏者はどこの国の人なのだろう。以前は演劇集団が人形をつかっての寸劇、パントマイム等もあったが、パリのうるさい地下鉄車両音や、寸劇とつきあう間もなく降車する人等、演ずる方の労多くして、益少なしで消えてしまった。

 

サクソ奏者
サクソ奏者

これとは一線をかくして、駅構内の乗り換え通路の定位置で個人またはグループ演奏もある。10年位前までは若くない女性がハープをかき鳴らしていたこともある。仕事で日中移動する時、そのやわらかな音に心が洗われた。病気になったのか、老齢だからか、彼女の姿は見かけなくなった。また、多分学費捻出のため音楽学校の仲間15人位で編成されたクラシック・オーケストラは、通勤乗り換えの人々が思わず立ち止まって聞き耳をたてた。

生活苦が或るのか、寒そうなチェロ奏者
生活苦が或るのか、寒そうなチェロ奏者

アンデス音楽7人のペルー人グループはオカリナ等、独特の楽器やスペイン語の歌を聞かせてくれる。幾分年配で陽気な仲間同志で長年組んでいるらしい、ジプシーの早いリズム“ボラーレ、カンターレ”は通路を急ぐ客の顔をほころばせる。音楽会ではないから、演奏側も通行人も深刻な顔をしない。

 

地下鉄のミュージシャンは、誰でもやたらに演奏できるわけではなく、許可証がいる。地下鉄運営組織のひとつに履歴書を提出して、オーデイションを受ける。去年は1000人の応募者から350人が選抜された。

マリンバ
マリンバ

若者はどんな機会でもとらえて、将来に夢をたくすのだろう。昨年初めて、地下鉄の音楽家たちによるコンサートがオペラ近くの郊外線RER地下駅広場構内で催されて聴衆を集めた。何時、誰の耳にとまるかも知れない。勿論、彼等にとってFace bookYou Tubeへのアタックは必須。

 

人の交錯が多い地下通路で、献金が多くても少なくても、その日その時を受け入れて、彼らの音楽を続ける。通行人に話しかけたりはしない。音楽のためで、献金はアテにしていないのかもしれない。

ケースに献金されたコインが見える。
ケースに献金されたコインが見える。

1900年の万博で初めてパリに電気仕掛けの地下鉄が動いた。産業革命先進国のロンドンでは、この37年前に世界初の地下鉄が走ったが、蒸気機関車に車両が牽引されて、トンネルの中で吐き出される蒸気の問題が解決していないにもかかわらず、大人気だったそうだし、仏より一足早めに1890年代には全線が電気で走るようになっていた。

 

車両に乗り込んで、音楽演奏でいくばくかのコインを手に入れるという一種の習慣がいつ頃から始まったのか定かではない。少なくとも50年は続いている。車両内の生演奏を受け入れるパリっ子気質に合致したのだ。

立ち止まり財布からコインを取り出す夫人。奏者と同年代のよしみか?
立ち止まり財布からコインを取り出す夫人。奏者と同年代のよしみか?

昨今規制も厳しくなっているらしいのは、ジプシーの10代前半の子供集団による地下鉄スリが頻発しているからだ。このモラルを持たない子供たちは、観光客の多いパリの地下鉄を2、3人が組んでパトロールの警官に捕まるくらいは平気で、未成年だからすぐ放免されるのを知っている。日本のようには清潔でないパリ地下鉄もだんだん改良されて無人運転車両がコンピューター制御で動くようになってきている。愛想のない地下鉄に演奏家たちがメロデイーとリズムを添えている。

 

 

2011.2.17

世の中をハスに眺める癖のある自由業主婦。
人間相手だとイライラがつのるので、自然風物を愛でる。
但し仙人ではないので、普通の社会生活に準じているつもり。
フランス在住20年。