川の流れのように 〜ジャンヌ・モロー(Jeanne Moreau)〜
フランスのイメージを体現している女優といえばジャンヌ•モロー。若い時から毛髪が自慢なくらいで、ルックスは普通の人。それにタバコが未だに離せない。彼女が65歳位の時、TVインタビューでの顔のアップが、あまりのシワで、しかもあのしゃがれた声、おぞましい様相だった。ライトに照らされてTV画面一杯に撮る顔写真というのは、容赦がない。彼女20歳代の時の声は、普通に娘の澄んだ声だった。加齢とともに欧米人は、アジア人の10倍位はしわが多いといえる。
これはという女優のなかで、彼女はBotoxや美容整形を不自然だから「私はやらない」と公言していたが、ついに10年前、TVシリーズでタンプル騎士団(1300年代)を舞台にした撮影前にシワ伸ばしの整形をした。時間とお金をかけたのか、手術は大成功で、アップに充分耐えるほど、顔の縦横にあった深い何本ものひだや網目のように寄っていたシワが、すっかり消えた。TV映像をみた私は、そのはなはだしい変貌に思わず「エッー」と大声を出したくらいだ。その後しばらくして、宣言違反に照れた本人が女性雑誌に「半信半疑で挑戦してみて良かった。」と答えている記事をみて、「やっぱりね」と納得した。
もともとあらゆる意味で、小粋でセンスの良い人だから、インテリ層のアイコン的女優だ。カトリーヌ•ドヌーヴのように何回もシリコンのお世話にならないと思われていたから、彼女の美容整形に皆が一瞬とまどった。しかし、これが便利浮き世の流れというものなのだろう。
ジャンヌ•モローはパリで産まれ84歳になったばかり。21歳の最初の結婚で1人息子をえて、38歳2度目の結婚も1年後に破綻、49歳で3度目の結婚は2年で終結。以後結婚という形式はとらず、気のあった男や女と共棲している。日本で知られた相手だけでもルイ•マル、トリュフォー、カルダン、マルグリット•デュラス等など。出会いや別れが、歓びや想像力を彼女の肉体にそそぎ込んだはず。母親がイギリス人の踊り子だったというから、子供の時から舞台に興味があった。ただし、
---- 私はこうしようとか、こうなりたいとか、目的を定めては生きてこなかった。流れに乗ってきただけ。でも、もし何かあるとしたら、<自分の両親の思い通りの人にはならない>とずっと思ってきた。レストラン経営の父の頑固さに抵抗感があったし、その上9歳の時から祖母や親戚の叔父に預けられて、放浪癖がついたのかも知れない。----
---- コメデイー•フランセーズに入団を許されてから、観客を惹き付けるテクニックを先輩たちから学んでいる間の事を、両親は何も知らないでいたわ。----
---- 私は強くて、弱い。色でいうなら黒。メランコリック。幻想は嫌いというよりこわい。幻想というのは、その正体をみきわめたくなるものだと思う。歳をとるという避けられないことを嫌ってもどうにもならないでしょう? 愛される事も愛されない事もこわいわ。----
---- 孤独を愛している。いいこと、孤独と孤立しているというのはちがうのよ。----
彼女の発言は大胆で、陽気さがひそむ。言葉の“感”がさえている。
---- 私はインテリと言われても嬉しくないわ。インテリは知識のある人。賢いとか頭の良さとは違うんじゃない?----
彼女のファン層たるインテリぶる人達を揶揄する。
長くフランス社会を観察してきて、私が思うのは、フランス人が一般的に理想として愛するものは「魂」と「根性」なのではないかと感ずる。別な言い方なら、強烈な「自尊心」、あるいは「こだわり」だとすれば、ジャンヌ•モローがトップ女優の座にいる理由があるというものだ。
彼女の書斎の机の鉛筆立てには、相変わらず細長いたばこがつまっていて、結構なスモーカーだ。良い事、悪いことの区別は充分承知して、なお自分の流れに逆らわないのだろう。ジャンヌ•モローは、今日もある種の憧れのまなざしをそそがれながら意気軒昂に活動している。
2011.2.7