夕暮れて花野の中

今、傍らに夫がいるという喜びはわたくしにとって、人生で最も必要な幸福だったのかも知れない。

思いがけずこの年になり(^^;長いお付き合いのあった愛するYと再婚。

20年暮らした福岡には素敵な友人も多く、離れるのはとても悲しかったが、昨年10月から彼の暮らす京都へ。その名も美しい紫野(むらさきの)に住まいを移した。

全ての夫婦が思うように、わたしたちの出会いも奇跡だったが、ふたりで暮らせるということも奇跡だった。もう、見つからないとあきらめかけていた家であった。

数年かかって探した80数年前の一軒の小さい京町家を見つけた時は「巡り会い」を感じた。なぜなら、紫野のこの家の近くから50メートルも離れていない場所でわたくしが「このあたりに見つけられたらいいね」と言った矢先に見つけた家だったからである。

そして、この家を見たとき、建築家でもあるYは特有の力で^^すぐに頭の中で設計改築のイメージができたと言っている。わたしはといえば環境もさることながら一目でぼろぼろのこの町家を気に入ってしまった。

紫野での暮らしの「始まり」はそうしてある日、突然やってきた。

さまざまな京町家改築の困難を乗り越えて、ここ紫野での暮らしが始まった。

少し家の様子をご紹介。

写真は玄関の戸を開けると見える正面の壁。新建材の壁板を剥がすと土壁が現われた。

下部分は少し壁が崩れており補修した。山のような海辺のような景色に月を映したその壁は一幅のアートとなった。左の腰壁部分には韓紙とネパール紙をわたくしが墨で染めたものを職人に貼っていただいた。

この、墨の色で玄関に入ったときの空間が引き締まったように見える。この土壁には木の器が合うと思い、彼が花入れをデザインした。運のいいことに懸命に応えてくれる木工の職人さんに近くで出会ったので制作はこの方にお願いした。意外と木の花器というのはないのだ。

この写真の位置から右手に入ると四畳半の余白のような部屋がある。ここにはハンス・ウエグナーの椅子と小さいお膳を置いた。

書の作品を書く上でも必要な、余白のような部屋は家にとって重要である。

この椅子はちょっとお昼寝も読書もできる懐の深い安らぎの時間を与えてくれる。お膳は李朝の時代のもので

あまり見ないものであるがデザインに合わせて友人の陶芸家石原稔久氏に鉄の棒でこの椅子に合う台を作っていただいた。

また、このお膳は外すことができて、鉄の棒の台の上に乗せる四角いお盆を古材で作っていただいたので二倍に使えるようになっている。賢い楽しめるテーブルとなった。

写真は、この家で一番広い6畳と少し板の間のある部屋。

リビングでもあり客間でもあり、食事をする場所でもあり、その上、アトリエとは別にわたしの書のお稽古場にもなるという自在で自由な部屋である。

床の間に今掛けているのは「夕暮れて花野のなか」というわたくしの拙歌「風が吹く・この身を浸す・夕暮れて・花野の・中」という歌から選んだ一行の書。

また、床の間の向かい側の漆喰の壁も残した。ここにも雨漏りの雨が壁に美しい模様を作って一幅の景色にしていた。改築中に降りこんだ雨の水の流れの跡は抽象画のようだ。この「汚れた壁」を残すことについては、玄関の壁と同じように、大工さんはことのほかびっくりされたようである。

障子は袋貼り障子。障子の桟が見えなくて優しい明るさが生れた。掘りごたつには、ル・コルビュジェのテーブルがそのまま違和感なくすっきりと納まった。

この部屋に続く縁側の向こうは壺庭。コンクリートの塀の向こうは杉や榎の緑が見える。あるお寺の塔頭の庭の一部である。これから、この壺庭には一本の楓を植える予定であるが、この家に相応しい小さな草花を見つけては植えて楽しんでいる。菫、苧環(オダマキ)、桜たで、犬たで、えのころ草、ドクダミ、水引、かたばみ、都忘れ、その他知らない草などなど。100種類は植えてみたいところ。

小さな花が開くごとに夫は目を輝かせわたしを呼ぶ。そして、ふたりで美しいねえというばかりである。こんなことがわたしたちにとっては幸せなのである。

まさに「夕暮れて花野のなか」状態?^^;

壺庭の右手にあるお風呂とトイレが一緒になっている空間は大きなガラス戸で明るく、開放的である。周りに何もないので見られる心配がないことになっている。ここではゆっくりお風呂に浸かって壺庭の季節の移ろいを感じたい。

お風呂場から一歩出ると、洗面台。ここからお勝手口までの7メートルがキッチンとなっている。この小さな家に7メートルのカウンターキッチン!とびっくりされるかも知れない。幅は120センチと狭く、シンクの奥行きは60センチとなっている。この空間は、町家のだいどこの面影を残したいため、火袋があって空からの光が射す天窓も付けた。このキッチンは食器類、鍋類などすべてオープンにしている。整理の下手なわたくしとしてはこれからの宿題である。^^;

ロフトではあるがゆったりとした寝室になっていて、今の季節は東側の窓から比叡山の上に朝日を望める。

朝日と共に起きてすぐにこの窓辺で朝食、少し仕事をしてからゆっくりと近郊を散歩する暮らし。

ここでささやかな幸せを身体にも心にもいただきながら、紫野の暮らしを満喫したいと思う。

暮らしのあれこれ、夫とのあれこれ、京都のあれこれを少しずつ記したい。

 

 

2013.6.21