魔法使いの薬草

私がいつも犬と一緒に散歩をする森を抜けると、そこに広い野原が現れる。細い道のはずれに隠れるような一軒家があり、そこにマリーローズは住んでいる。最初に出会った時は本物の魔法使いかと思った。いつも長いスカートをはいて、深く青い色のヘアーバンドをしている。それが彼女のダークブルーの目を一層引き立てて、どう見ても彼女は60歳には見えない。立ち木に覆われたこの家で、彼女は沢山の猫と一緒に一人でひっそりと暮らしている。

 

マリーローズは庭仕事が大好きで、広い庭には沢山の植物が育っている。彼女の庭にはもちろん沢山の花々も植わってはいるが、メインは薬草治療に使われている数々の薬草だ。中世の頃から、ヨーロッパでは修道院などの庭にこれらの薬草が治療の目的として植えられていた。フランスでは1312年に薬としての効用が本格的な薬学として研究されはじめ、薬草治療「HERBORISTERという言葉が生まれた。つい最近の1941年まで、薬草販売をするには正規の免許が必要だった。

 

現代医学の普及によりこの薬草治療師の職業は消えかけたかと思いきや、最近の化学医薬品離れと自然健康志向のブームに乗り、ヨーロッパではまたこの職業が復活し始めた。ベルギーでも、薬草治療の専門店がその他の健康食品も販売しながらチェーン店展開を始めている。そんな一軒“DESMECHT”という店に私は足を運んでみた。メノポーズの症状にはいろいろな植物がベースのカプセルや錠剤になったサプリメント薬も販売されているが、やはり目につくのは沢山の乾燥した薬草だ。メノポーズ用の薬草茶というのがあり、その処方箋はサルビア、セージ、赤ブドウの葉、ビール用の酵母、ヨモギ、オレガノ、ハゴロモ草、ハガニッカ、甘草、などなど。お湯で煎じて飲む。

マリーローズはそんな薬草を自分の庭で作り、乾燥させてハーブティーにしたり、お風呂に入れて使っているという。彼女には28歳になる娘と、インドから養子縁組で2歳の時にベルギーにたどり着いたパバナという20歳の娘がいる。長女が生まれた時に彼女にはもう2度と子供が出来ない事がわかり、夫と話し合って養子縁組の手続きを始めた。ところが10年後に夫が駆け落ちし、そのすぐあとになって、やっとインドから幼いパバナがベルギーに養子としてたどり着いた。結局、彼女が一人でこの森の一軒家でその子を育てた。パバナはヨーロッパに着いた時にいろいろな感染症があり、しかも現代医薬に対してひどいアレルギー反応を起こし、困り果てたマリーローズは結局この薬草療法を見つけ、パバナを治療して元気に育てたのだと言っていた。

 

森の中に住む現代の魔法使いマリーローズ。彼女が使う魔法は、今またヨーロッパで脚光を浴びている一番流行の魔法かもしれない。でも、現代の魔法使いの乗り物は魔法の箒でも絨毯でもなくて、ロシア製のラーダというオンボロ車だけれど。

 

2011.1.18