Vol.5
モーツァルト/ピアノ協奏曲第21番(ピアノ&指揮マレイ・ペライア:イギリス室内管弦楽団)
「死とは、どのようなものか?」と問われて、物理学者のアインシュタインは答えました。「死とは、モーツァルトを聴くことができなくなることだ」
モーツァルトは36年の生涯において、器楽曲から宗教曲までじつに広範囲に渡って膨大な曲を残しましたが、その天才ぶりをもっとも発揮したのはオペラとピアノ協奏曲といわれています。
ピアノ協奏曲は全部で27作ありますが、私がもっともよく聴くのはこの第21番。それは、この曲の第2楽章が映画「みじかくも美しく燃え」の全編に流れていた曲だと知ったからです。1967年製作のこのスェーデン映画は実話をもとにつくられました。妻子持ちの伯爵がサーカス団の美しい綱渡り芸人と駆け落ちするという内容で、世界的にヒットしました。その抒情的な物語と映像に、この究極的に美しい曲が見事にとけあっていました。
協奏曲とは、オーケストラと独奏楽器とのために書かれた曲の事ですが、その形態を近代的に確立したのがモーツァルトです。彼のピアノ協奏曲はすべて、オーケストラが天上の音の調べを奏で、そこにピアノ独奏が入ってくる度にさらなる天上の音が聴こえてくるという奇跡のような二重構造になっています。清らかで、優雅で、そして溌剌とした音の連なり。それは、まさに天才にしか成しえない完璧な音楽です。そこにあるのは、音楽を聴く愉しみという、人間にとってもっとも幸せなもののひとつです。
モーツァルトは手紙に書きました。
「音楽とは、どんなときでも愉しませてくれるもの。つまり、いつも音楽でなければなりません」
生誕250年をこえても、いまだ彼の音楽が世界中の人々に愛されているのは、こんな根源的なところにあるのではないでしょうか。
2011.4.22