マイスの場合(1)

 日曜日の朝9時、前夜のパーティーの白ワインのせいで少し重たい頭をかかえてベッドでまどろんでいるところに電話が入る。誰の電話なの?と顔をしかめながらマイスは枕元の電話を取る。事務的な男の声で「今朝お宅の息子さんが交通事故に遭いました。至急警察まで御出頭願います」。これは悪夢なのかと思う。受話器を放り出し飛び起きた、足をもつれさせながら息子の部屋に駆け込む。息子の部屋は空だった。積み木がひとつ崩れた。

 

 マイスはフィンランドの北極圏にある小さな町で生まれた。一年の半分がほとんど夜、そしてあと半分が日の沈まない白夜の町。高校を卒業してこの何の変哲もない狭い町を出て、刺激のあるロンドンに行った。だが、なかなか思うような学校に入学出来ない。そして人伝えにドーバー海峡を渡り、ベルギーのブラッセルにある美術大学のインテリアデザイン科に入学する。

 北欧人特有の金髪と青い目。透き通るような白い肌の美しいマイス。ベルギーの男性たちが彼女を取り巻いた。そしてその中でも一番チャーミングでセクシーだったインドネシアの血がはっている男性ジョゼフと付き合い始め、彼女は学校卒業とともに結婚をする。

 

 しばらくして、長男のペカが誕生。その7年後に長女のアナが生まれた。ブラッセル市内に家を買い、マイスはその家でインテリアデザイナーとして仕事を始める。幸せな4人家族だった。積み木の一つが崩れるまでは。

 

 若い子供の死後に、その両親は離婚する割合が多いといわれている。マイスとジョゼフもたとえ長女のアナがいたにもかかわらず、家の中で息子ペカが占めていた空間を他の何かで埋める手立てが見つからなかった。葬儀の後から、ジョゼフは息子のペカが死んだことを一言も口にしなくなった。彼女はうつ病にかかり、日一日と焦燥していく。夫婦が癒しあおうにも、ジョゼフにはマイスが取り付く島がなかった。そして2年後、夏のバカンスでイタリーに行っている時にジョゼフは家を出るとマイスに告げる。2つ目の積み木が崩れた。

 マイスは息子と夫の去った家に、長女と一緒に残る。思い出がたくさん詰まった家の中で、カーテンを架け替え、家具の配置を変えて模様替えをしようとする。しかし、いくら努力しても心に残る想い出は “模様替え”出来なかった。

 

 ある日、マイスは大学の親友で仕事仲間でもあるミッシェルの別居中の夫ザビエルにばったり出くわす。ザビエルはマイスをお茶に誘って近況を尋ねる。その日、マイスはなぜかザビエルに心を開いて自分の苦しみを打ち明ける。そして次の週も二人は落ち合い、公園を歩きながらいろいろなことを話す。

 彼女には誰か話を聞いてくれる男性が必要だった。ザビエルも話を聞いてくれる人が必要だった。そうこうするうちに二人は恋に落ちる。

 

 親友のミッシェルは彼らの関係にひどく驚き、いろいろな中傷をしてきた。同じ仕事仲間としてのボイコットもひどくなる。二人には学生時代からの沢山の共通の友達がいた。そしてマイスは何人かの友人と取引先を無くした。

 

 

 

2009.7.3