粋な彼女を忘れない

揚げなす錦糸うどん
揚げなす錦糸うどん

先月、となり街にあった馴染みのうどん屋が閉店した。震災で一時的に遠ざかっていた客足も戻り、週末の昼どきなどは店の前で待たなければ入れないほどの繁盛ぶりなのに、閉店するなんて、、、と納得のいかない私だった。

 

コシの強い、打ちたての麺と京風のだしのきいたつゆで人気のうどん屋だったのだが、メニューもよく考えられていて、店に行く度に「何を食べようか?」とワクワクさせられた。ある中年の女性は「揚げなす錦糸」という、半割のなすの天ぷらと厚焼卵ののった冷たいうどんをいつも食べていた。また、ある初老の男性は「しじみうどん」という、大粒のしじみと九条葱のたっぷり入った温かいうどんを毎回食べていた。私は周りのお客さんの頼んだうどんが運ばれてくるのを、目を皿のようにして見て、瞬間的に「グッ」と来たら、そのメニューを頼むのだ。この方式で私は十中八九、その日最高においしいと思えるうどんを食べることができた。

 

おいしいうどんを食べることの他に、もう一つだけ、その店に行く楽しみが私にはあった。それは私と同年代のステキな一人の女性に出会えることだった。彼女はいつも窓際の席に座り、ゆったりと時間をかけて食事をしていた。ひざ丈のスーツのスカートから伸びたスラリとした脚にはいつもパンプスをはき、色白の肌にウェーブのかかった栗色の髪がよく似合っていた。語学学校の校長先生だという彼女には、きちんとした中に女らしさがあり、そこはかとなく色っぽさの漂ういい女だった。彼女はいつも生ビールをグラスに一杯だけ飲み、一品料理をつまんだ後にざるうどんを食べていた。私はお蕎麦屋で日本酒を飲みながら、だし巻き卵などをつまみ、ざる蕎麦をすする姿が決まる「イキな男性」に以前から憧れていたのだが、うどん屋で、その女性版に出会えるとは思ってもみなかった。そう考えてみると、彼女のあの色っぽさは「イキ」ということなのだ。

 

残念ながら、ざるうどんを食べるイキな彼女には、もう会うことはないだろう。うどん屋の最終日、閉店後の店で宴会をするから、と誘われて食べ納めに行った。あの店で最初に食べた「冷やし胡麻茗荷うどん」、最後に食べた「しっぽくうどん」、そしてイキな彼女のことを、わたしはずっと忘れないでいたい。

 

 

2011.8.31